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4seasons



『青色は少し悲しい』

母が死んだ。

実家から帰ってくる新幹線の中で、僕はずっと母親のことを考え、彼女がこの世にどれだけ満足したのかに思いをめぐらした。
無口で無欲な父との結婚生活。兄と僕と妹の3人を苦労して育てながら、何の見返りもなく決して報われなかったこの10年。
中くらいの地方都市にあった一軒家にはここ10年の間、父と母の2人だけが住んでいた。

東京での生活が楽しかった僕は、この2年ほど盆や正月に帰ることもなく自然と足が遠のいていた。

僕は母親の形見にもらった一枚の写真を手にしていた。

それは母親がバッグの中にいつも潜ませていたもので、3歳くらいの僕がひとりで写っている。
たぶん夏祭りのスナップショットで、僕は青いはっぴを着て緊張した面もちで今にも泣き出しそうな顔をしている。

なぜ母がその写真を持っていたのか今では誰にもわからない。

太陽に透かしてみたり、擦ってみたり、振ってみたりして何かあるんじゃないかと試してみたけど、その写真の僕はずっとはにかんだままで、何も語ろうとはしなかった。
それで、きっと母は僕のことを愛していてくれたんだろう、と単純にそう思うことにした。

そうでも思わなければ哀しい気持ちになれないような気がした。

僕は葬式の間、涙が一滴も流れなかったことを恥ずかしいことのように思っていた。

いつか子供のころ、父や母が死んでしまった後の世界のことを考えたことがあった。
それはまったく光のない暗い夜道のようで、僕の力だけでは一歩も踏み出せないほどの恐怖に満ちている気がした。
その世界のことを考えただけで、僕は道の真ん中でぼろぼろ涙が流れ、一緒に歩いていた母親の顔が回りの景色と重なって、へたくそな油絵のようにごちゃごちゃにまざりあった。

それなのに、大人になった僕は肉親の死を目にしても、まったく哀しいという気がしない。
僕は生きている間にどこかで気持ちを置き忘れたような気がして、なにかに欠けた自分に直面した。

ちょうど見えてきた品川あたりの雑居ビルの不揃いな配列が、そんな心のすき間に風を通すような気がした。

母親の生真面目そうな立ち居振る舞いを頭に描いて、心の琴線にどうにか引っかからないかとバカなことを繰り返したけど、わき上がってくるものは何もなかった。

それは長い夏休みに入ったばかりの僕におとずれた突然の落とし穴のように、深くて冷たい色をしていた。
シートの下からは、車輪が線路のつなぎ目を踏んでいく規則的な音が聞こえてきて、どくんどくんと僕の鼓動とシンクロした。


新幹線を降り、山の手線に乗ってアパートに帰ると、彼女が夕御飯の支度をして待っていた。
いつものように適度に冷えた缶ビールがあって、高そうな食材が魔法のように調理され、スパイスの匂いが立ち上っていた。

きっと彼氏の母親が亡くなったとき、どんな言葉をかければいいかなんてだれもにもわからない。

僕は「疲れた」とだけ言って、彼女の鎖骨のあたりに額を押しつけて懐かしい匂いを嗅いだ。

料理好きの彼女は、暇があると僕の部屋で自慢の料理を披露してくれた。
前の晩から煮込んだシチューとか、舌を噛みそうな長たらしい名前のフランス料理やイタリア料理(たぶん)とかが一時期僕の食卓をにぎわした。

ワインにも詳しく、輸入商社で働く父親の影響もあって、若いくせに随分多くの銘柄と味の特長を知っていた。
前に、どこかの赤ワインのことを「濡れた犬の毛のにおいがする」と表現するんだと教えてもらい、僕は田舎で飼っていた柴犬のタロウのことを思い出して、ちょっと懐かしくなったりした。

それから、母親が持っていた僕の小さいころの写真を見せて、小さいころはちょっと太っていたんだというようなことを話した。

「私もあなたの写真もってるよ」

彼女はそう言って、バッグの中から去年一緒に旅行に行ったときの写真を見せてくれた。
それは、ふたりで伊豆の旅館に泊まったときのもので、ふとんの中から寝癖のついた頭をのぞかせた僕が写っている。

「もっといい写真があるのに」

「だって、これがいちばん好きなんだもん」

と彼女はその写真を見て笑った。

「これは飾らないあなたが写っている唯一の写真だから」

彼女はそう言うと、写真を元のように手帳の間に大事そうに仕舞い、止め金をパチンと閉めた。

そういえば、僕は彼女に自分の全てを見せていない。
間違った姿を見せたことがない。

そしてここ何年か母親に対しても、決して僕が何を考えているのか、何に困っているのか語ろうとしなかった。

母親が持っていた僕の写真は祭の子供みこしに参加する直前のもので、初めて参加するみこし担ぎの重圧で泣きそうな顔をしている。
喜びいさんで神社へ駆けていく友人達に気後れして、自宅の前で佇んでいる本当の自分だ。
それは、今の自分とあまり変わらない姿のような気がする。
そのころ同じ歳の子よりずっと小さかった僕は、みこしの担ぎ棒に手が届かないんじゃないかと心配で仕方がなかったのだ。

この写真を撮ったあと、泣きべそをかきながら神社への道を重い足をひきずり母親と歩いたのを思い出した。

葬式で実家に帰ったとき、リビングのガラスケースにウエッジウッドやマイセンといった、うちには似つかわしくない高級茶器が並べてあるのに気づいた。
母はお茶を飲むのが好きで、少しづつ気に入った紅茶茶碗を買い揃えていたと、父から聞かされた。

僕はそれを見て、はじめて彼女が青い陶磁器が好きだったことを知った。
それは少しづつ柄や形は違うけれど、必ずどこかに青い色が着色されていた。

青い色は少し悲しくて、触れるとその部分だけがひやりとするような気がした。


夕食後、ベランダに出てしばらく夜風にあたっていた。
キッチンからは彼女が皿を洗う音が聞こえてくる。茶碗同士がぶつかり合う音が涼しくて、いつまでも続いてほしいと思った。

高台にあるこのアパートから見える夜景は特別だ。
家々の明かりが暗闇の中にぽつりぽつりと灯って、ロウソクにまたたく炎のように見える。
心の中はなんだか静かで、僕が知っているすべてのことを話したいような気がした。
月明かりに浮かぶ家並みの中から、懐かしい形の家を見つけると、ここ数年、母親に言っていない言葉の数々と、聞いてあげなかった話のいくつかを口に出してみた。
そして、いくら話してもそのどれひとつだってもう永遠に伝わらないことに気づいて、はじめて涙が流れてきた。




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